「ワーホリ(ワーキングホリデー)に行くか迷ってる」——そう思いながら、気づけば何年も経ってしまっていませんか?
私もそうでした。気持ちはあるのに、タイミングが合わずに3回も断念し、4度目でようやくオーストラリアへ渡航しました。「看護師としての経験が足りない」「貯金が足りない」「コロナだから」——そのたびに、もっともらしい理由が立ちはだかって、気持ちにふたをしてきたのです。
でも振り返ってみると、それは全部「ワーホリに行かない理由」を探していただけだった、と今ならわかります。
この記事は、過去の私と同じように 「行きたいけど踏み出せない」と迷っているあなた へ向けて書いています。きれいごとではなく、「逃げかもしれない」という後ろめたさも、「それでも行く」と決めた瞬間の感覚も、正直に綴ります。
読み終わる頃には、あなたの中で何かが少し動いているかもしれません。
※オーストラリアでのワーホリ全体像(費用・準備・現地生活)を知りたい方は、まずは 看護師のオーストラリアワーホリ完全ガイド をあわせてご覧ください。
この記事でわかること
- ワーホリを3度断念した具体的な理由と、その時々で抱えていた本音
- 「ちょうどいいタイミング」を待ち続けることの落とし穴
- 4度目の決断を後押しした「やらない後悔より、やった後悔」という考え方
- 迷っているときに、背中を押してくれる5つの視点
- 渡航後に実感した「行ってよかった」というリアル
ワーホリへの憧れは、助産師3年目に芽生えた
はじめてワーホリを意識したのは、助産師として3年目を迎えた頃でした。
新人時代の必死さを乗り越えて、ようやく「この先、自分はどうしたいんだろう」と考える余裕が出てきた時期です。そのときふと頭に浮かんだのが、「海外で生活してみたい」という気持ちでした。
具体的なプランがあったわけではありません。ただ「日本の外の世界を、生活者として体験してみたい」という感覚です。旅行ではなく、現地で働いて、現地の人と関わりながら暮らしてみたい——そんな思いが、じわじわと育っていきました。
そして見えてきたのが、**「オーストラリアでワーホリをしながら、介護の資格 Certificate III in Individual Support (Ageing) を取得する」**というぼんやりとした目標です。看護師・助産師としての医療経験を活かして、海外で介護職としても働ければ、自分のキャリアの幅が確実に広がると感じていました。
ところが、この目標が決まってからも、私はなかなか動き出せませんでした。ここから先は、私が「動き出せなかった3回」の話です。あなたが今ぶつかっている壁と、重なる部分があるかもしれません。

1回目の断念:「看護師としての経験が足りない」という壁
最初にワーホリを本気で検討し始めたとき、引っかかったのは「経験不足」でした。
当時の私は、助産師としてしか働いておらず、看護師としての臨床経験がほとんどなかったのです。さらに、高齢者看護の経験もない。Certificate III in Individual Support (Ageing) を取得して介護施設で働くつもりなら、高齢者ケアの土台があったほうが現場で通用するはず——そう考えていました。
「経験がないままワーホリに行っても、現地でついていけないんじゃないか」
そう思った私は、「まず日本で看護師として経験を積み、できれば高齢者看護も経験してから行こう」と決め、ワーホリの計画を先送りしました。
ただ実際には、ワーホリを意識した助産師3年目の段階で看護師へ転職することはなく、**結局そのまま助産師として5年間働き続けました。**看護師に転職して臨床経験を積み始めたのは、助産師5年目を終えてからのことです。
日本で看護師として経験を積むという判断自体は、今振り返っても間違っていませんでした。看護師としての土台は、その後の応援ナースや産業保健師、訪問看護師としての仕事すべてにつながっています。問題だったのは、「いつ動くか」の判断です。
ワーキングホリデーは年齢制限のあるビザです。あのとき「いつかワーホリに行きたい」と本気で思った3年目の時点で、すぐに看護師への転職を進めていれば、ビザのリミットまでに十分な時間がありました。でも実際は、助産師の仕事を続けるうちに2年が過ぎてしまった——これは、今になって振り返ると一つの反省点です。
もしあなたが「経験が足りない」と感じてワーホリで迷っているなら——その気持ちはとてもよくわかります。ただ、ワーホリは年齢制限のあるビザです。「準備のために何かを変える」と決めたなら、その動き出しは、なるべく早いほうがいい。これは私自身の反省から、お伝えしたいことです。
2回目の断念:円安と貯金不足という現実
少し時間が経って、再びワーホリへの気持ちが高まった頃、今度は「お金の壁」が立ちはだかりました。
ワーホリには、渡航前に一定額の貯金が必要です。現地での生活費、英語学校の授業料、保険料、往復の航空券……ざっと計算しても、最低100万円以上は準備しておきたいところ。私はさらに「現地で仕事がすぐに見つからなくても、半年は暮らせる金額」を目標にしていました。
しかし、当時は円安が進行していました。同じ100万円でも、現地での実質的な価値が下がってしまう。「この円相場でワーホリに出発するのは、あまりにも不利すぎる」と判断し、2回目の断念となりました。
ただ、このときは完全に諦めたわけではありません。「目標金額に到達するまで貯める」と決めて、毎月の積み立てを始めたのです。同時に、生活コストを下げる暮らしも意識するようになりました。
積み立てを続けることで、「私はまだワーホリを諦めていない」という気持ちをつなぎとめていたのだと思います。何かしら行動している感覚が、モチベーションを保つ助けになっていました。
円安でも、現地物価に見合った目標金額を再設定することで、準備期間を前向きに捉えられるようになっていきました。そして目標金額に近づいてきた頃——3回目の壁が訪れます。
ワーホリの貯金の壁にぶつかっているあなたへ:完全に諦める必要はありません。私のように「積み立て」という形で、まずは“諦めない仕組み”を作ることから始めてみてください。
3回目の断念:コロナ禍で世界が止まった
積み立てを続けながらタイミングを待っていた私を、完全に足止めしたのがコロナ禍でした。
2019年末に確認され、2020年から世界的に広がった新型コロナウイルスの感染拡大により、各国への渡航が大きく制限されました。ワーキングホリデービザの申請窓口自体は止まっていなかったものの、実際に渡航できる状況ではなかったのです。
「これは仕方ない」——そう割り切るしかありませんでした。個人の意思でどうにかなる話ではなく、世界全体が止まってしまったのですから。
その真っ只中で、私はHCU(高度治療室)で看護師として、人工呼吸器を装着したコロナ患者さんや重症患者さんのケアにあたっていました。朝から晩まで時間外勤務が続き、PPE(個人防護具)を着けたままの勤務で視界も呼吸も悪く、暑さと自分の感染リスクへの不安を抱えながら働く日々。
心身ともに疲弊しきっていて、「自分が本当にやりたいことは何だったっけ?」と自問する余裕すらありませんでした。
そして、コロナが落ち着き始めた頃——また、あの気持ちが戻ってきたのです。
「やっぱり、海外に行きたい。オーストラリアへ行きたい」
3度断念しても消えなかったこの気持ちは、もう本物だと、認めるしかありませんでした。
4度目の決意:30歳目前の転換期に「今しかない」と思った

4度目の決意は、私にとっての「転換期」に訪れました。
当時の私は、コロナ禍も落ち着き、仕事上の区切りを迎えていました。次のステップを考えるタイミングで、ふと「今行かなかったら、もう一生ワーホリには行かないな」という感覚が降りてきたのです。
オーストラリアのワーホリビザ(subclass 417)には年齢制限があり、日本国籍の場合は 申請時点で18〜30歳 と決まっています(※2026年5月時点/最新情報はオーストラリア内務省サイト Department of Home Affairs でご確認ください)。私が申請できるリミットまで、もう時間がほとんど残っていませんでした。
「今行かなければ、永遠にワーホリには行けない」
この事実が、私の背中を強く押しました。
ただ正直に言うと、4度目の決断も、完全にポジティブな気持ちからではありませんでした。
「今の状況から、ただ逃げたいだけかもしれない」
そんな後ろめたさを、ずっと抱えていました。環境を変えることで、現状から目を背けているだけじゃないのか、という不安です。
それでも私は、こう考えることにしました。
「やらなかった後悔より、やった後悔を選ぼう」
失敗しても、後悔しても、何かを経験した人間にはなれる。でも行かなかったら、「あのとき行っておけばよかった」という後悔だけが残る。それだけは絶対に嫌だ、と思ったのです。
申請のリミットまで本当にギリギリのところで手続きを済ませ、準備を整えて、私はオーストラリアへ旅立ちました。
「逃げかもしれない」でも、ワーホリに行ってよかった理由
現地に着いてみると、最初はやっぱり大変でした。英語は思うように通じないし、文化の違いに戸惑う場面も多々ありました。ただ予想外だったのは、介護の現場では日本での看護師経験が大きな支えになり、ケアそのもので困ることはほとんどなかったことです。
そして——「来てよかった」と思える瞬間は、確かに何度もありました。
Certificate III in Individual Support (Ageing) も、無事に取得できました。英語が完璧でなくても、看護師としての専門知識と、真剣に取り組む姿勢があれば、現地でやっていける——そのことを、頭ではなく体で覚えました。
何より大きかったのは、「やってみた」という事実が、揺るぎない自信になったことです。
「経験が足りない」「円安だから」「コロナだから」——3回断念したときの理由は、どれもその時点では現実でした。でも今振り返ると、それは「行かない理由」を探していただけだったのかもしれません。
行ってみたら、どうにかなった。それどころか、行かなかったら絶対に得られなかったものが、確かにそこにありました。
ちなみに、帰国後の私は 33歳で産業保健師へ未経験転職 しました。ワーホリ経験は、転職活動でも大きな武器になりましたよ。
ワーホリに行くか迷ってるあなたへ|伝えたい5つのこと
ここまで読んでくださったあなたは、きっと「行きたい」という気持ちを持ちながら、何かが引っかかっているのだと思います。
3回の断念を経た私から、5つのメッセージをお伝えさせてください。
1. 「完璧な準備」を待ち続けると、ワーホリには永遠に行けない
私が1回目に断念した理由は「経験不足」でした。でも今思うのは、必要なのは完璧な経験ではなく、「ある程度の準備ができたら踏み出す」という発想の転換だったということ。
経験が足りないと感じるなら、まずは日本で関連分野に転職するなど、一歩だけ進めばOK。そこから先は「今の自分」で行くと決めることが、なにより大切です。
2. 「ちょうどいいタイミング」は、待っても来ない
「円高になったら」「コロナが完全に収まったら」「貯金にもう少し余裕ができたら」——条件が揃う日を待ち続けていると、気づいたときには年齢制限に引っかかっていた、ということが起こります。ワーホリビザに年齢の上限(オーストラリアは原則30歳)があるという現実を、もう一度意識してみてください。
3. 「逃げかもしれない」は、悪いことじゃない
私は4度目の決断のとき、「今の状況から逃げているだけかも」という後ろめたさがありました。でも今振り返ると、環境を変えることは「逃げ」ではなく「選択」でした。
一見、逃げているように見えても、それが自分の人生を動かす一歩になることがあります。後ろめたさを抱えながら踏み出すのも、立派な決断です。
4. やらなかった後悔は、じわじわと積み重なる
「やらない後悔より、やった後悔」という言葉は、使い古されているかもしれません。でも3回断念してきた私には、この言葉がリアルに刺さりました。
失敗しても経験には変わる。一方で「行かなかった事実」だけは、後から塗り替えられない——この非対称性を、ぜひ思い出してみてほしいのです。
5. 年齢で気後れする必要はない——ただし、ビザの上限だけは現実
「もうアラサーだから……」「30歳近いから……」と感じている人もいるかもしれません。現地に行けば、本当にさまざまな年齢・国籍・バックグラウンドの人と出会えます。年齢で気後れする必要は、まったくありません。
ただし、ビザの年齢制限だけは現実です。「あのとき行っておけばよかったな」という思いをこの先ずっと引きずるのか、それとも「まず行ってみて、合わなければ帰ってくる」——そのくらいの軽さで挑戦してみるのか。後者を選ぶ勇気を、私は心から応援したいのです。
ワーホリの不安を解消するQ&A
Q1. ワーホリ前に英語力はどのくらい必要ですか?
A. 私が渡航した時点では、英語力は決して高くありませんでした。日常会話は片言、専門的な内容になるとさらに苦労しました。ただ、看護や介護の現場では「言葉より行動で見せる」場面も多く、英語が完璧でなくても真剣さと専門知識で補える部分が大きいと感じました。最低限の意思疎通ができれば、現地で伸ばしていけます。心配しすぎず、まず動き出すことが大切です。
Q2. ワーホリの貯金はどのくらい準備すればいいですか?
A. 渡航前の準備金として、100〜150万円が一つの目安です。内訳は、航空券・海外保険・ビザ申請料・語学学校費用・最初の数ヶ月の生活費など。現地で働き始めれば収入は得られますが、仕事が見つかるまでにタイムラグがあるので、余裕を持って準備しておきましょう。費用は為替や物価で大きく変動するため、出発前に必ず最新情報を確認してください。
Q3. 看護師の資格はオーストラリアで使えますか?
A. 日本の看護師免許をそのままオーストラリアで使うには、現地の看護師登録機関 AHPRA(Australian Health Practitioner Regulation Agency) への登録が必要で、英語試験や書類審査などの手続きが複雑です。ワーホリビザでは介護職(ケアワーカー)として働くのが現実的で、Certificate III in Individual Support を取得すれば介護施設への就職もしやすくなります。
Q4. ワーホリ後の転職活動への影響はどうでしたか?
A. ワーホリ経験は、転職活動で「自己PR」の軸になりました。「海外での介護経験」「異文化環境での適応力」「Certificate III の取得」は、面接で語れる具体的なエピソードになり、他の候補者との差別化につながったと感じています。特に 産業保健師への転職活動 では、「現場から離れて多角的な視点を持った看護師」という印象を持ってもらえたように思います。
Q5. ワーホリを「逃げ」だと思っていましたが、実際はどうでしたか?
A. 最初は「逃げかもしれない」という後ろめたさがありました。でも現地に着いてみると、その感覚は薄れていきました。英語が通じない環境で働き、慣れない介護の現場に毎日向き合う——どう考えても、これは「逃げ」ではなく「挑戦」でした。迷っているうちは「逃げ」に見えても、踏み出してしまえば「挑戦」に変わる——そう実感しています。
まとめ:「いつかワーホリに行こう」を卒業するために
ワーホリを3度断念し、4度目でようやく決意した私が、一番伝えたいのはこのことです。
「完璧な準備が整ってから」は、永遠に来ない。
経験が足りなくても、円安でも、人生の転換期だとしても——条件は揃っていませんでした。でも行ってみたら、どうにかなりました。そして、行かなかったら絶対に得られなかったものが、確かに私の手元に残りました。
今あなたが「ワーホリに行きたい」と思っているなら、その気持ちは本物です。何度断念しても消えなかった気持ちなら、なおさらです。
「やらなかった後悔より、やった後悔」——この言葉を、3回断念した私が伝えることに意味があると思っています。
ワーホリには年齢制限がある以上、「いつか行こう」と言い続けられる期間には限りがあります。あなたの「いつか」は、もしかしたら今かもしれません。
迷っているなら、まずビザの申請条件を オーストラリア内務省サイト で調べてみてください。調べるだけなら、お金も時間もかかりません。でも、その一歩が、動き出すきっかけになることがあります。
あなたの「4度目の決意」を、心から応援しています。
